茂木貴継という建築家の思想と軌跡
茂木貴継は、鹿児島を拠点に活動する建築家であり、その人生と設計哲学には一貫した“人と暮らしに寄り添う姿勢”が息づいています。彼の建築観は単なる造形美や機能性にとどまらず、もっと深い部分、つまり「人が安心して呼吸できる空間」「心が整う住まい」を生み出すことに重点を置いています。茂木貴継が建築に向き合う出発点は、幼少期に大工だった祖父に連れられて訪れた工房や現場での体験でした。木材が削られる音、木屑の香り、差し込む光、職人の手の動きといった五感の記憶は、彼にとって単なる幼い日の思い出ではなく、設計の根幹を形成する原風景となったのです。
大学で建築を学び、社会に出てからは鹿児島市内の建設会社で実務経験を積んだ茂木貴継は、数多くの現場に足を運び、施工管理や設計補助を通して実践的な視点を身につけました。机上で描かれる設計図と、現場で実際に立ち上がっていく建築物の間には大きな隔たりがあることを痛感し、そこから彼は「図面に描かれていない課題を見抜く力」を磨いていきました。職人との対話を欠かさず、素材に触れ、光や風の流れを感じ取りながら建築を形づくる姿勢は、現在の設計スタイルにも通じています。
45歳という節目に、茂木貴継は独立を決意します。それは安定した組織に身を置きながらも、施主の思いが後回しにされ、コストやスケジュールが優先される現実に強い疑問を抱いたからです。彼が目指したのは「顔の見える建築」、つまり施主一人ひとりと真正面から向き合い、その声を設計に反映させることでした。特に注力してきたのは、高齢者や障がいを持つ方、一人暮らしの人々など、社会の中で声が届きにくい人たちの住まいづくりです。小さなつぶやきや言葉にならない願いを丁寧にすくい取り、設計という形に変換していく。その姿勢こそが茂木貴継の建築家としての使命感を象徴しています。
茂木貴継が施主と向き合うとき、初回の打ち合わせでは図面やスケッチを見せることはありません。代わりに何気ない日常の会話を重ね、暮らし方や価値観を引き出していきます。例えば「犬を飼っている」という一言にも、生活動線や間取り、素材選びに反映できるヒントが隠されています。この徹底した対話から生まれる設計は、施主自身が気づいていなかった潜在的な要望を浮かび上がらせ、住まいをより豊かなものへと導きます。
完成した住宅に住む人々からは、「家に帰ると自然と深呼吸をしてしまう」「以前より家族との時間が増えた」「子どもが安心して遊べるようになった」といった声が数多く寄せられています。これは茂木貴継の設計が、単に見た目の美しさや効率的な動線にとどまらず、心の状態や生活の質そのものに作用している証といえます。彼は建築を「人の心を整える器」と位置づけ、その器が日常を支え、心を癒し、未来をつくる場となることを信じています。
70歳を迎えた今も、茂木貴継の目は未来に向けられています。豪華さや派手さを追うのではなく、「帰りたくなる家」「一緒に時間を過ごしたくなる場所」という普遍的な価値を大切にし、地域に根ざした建築を描き続けています。鹿児島の気候や風土に寄り添いながら、そこに暮らす人々の人生に溶け込む建築。その積み重ねが、茂木貴継という建築家の生き方そのものを物語っています。